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カリブ海にて考え中 Thinking something in Caribbean

Carnival cruise Disney Magic, Fantasy 豪華客船で起こる色々な事。

資本主義ってもうオワコン?

この前フィリピンから帰ってきた世界を飛び回る鍼灸師のミツ君

palpation.blog.fc2.com

と色々喋ってて、二人の間にはやりたい事とか、向いている方向とか全然違ってて、お互い哺乳類って事くらいしかもはや共通点が無いんですけど、「資本主義そろそろ限界じゃね?」って所はお互い同じ認識でした。

 

 

私の好きな原始仏教の観点から見ると資本主義って欠陥だらけなんです。

 

 

ブッダは2500年前、人は生きていく上で、なぜ苦しまなくてはいけないかという事について真剣に考え、108ある煩悩の根本の煩悩として“三毒”を定義しました。それは“むさぼり、怒り、愚かさ”の3つです。

 

 

今日は資本主義と結びつきの強いむさぼり(craving)について少し考えようと思います。

 

食べるという事にも適量があり、食べ過ぎると肥満につながり、それが健康を害するという事はみんな知っています。

しかし現代においてお金や異性関係についてはあまり考えた事がない人が多くいるように感じます。

 

お金はあればあるだけいい。異性にはモテればモテるだけいい。

と思っている方は少なくないのではないでしょうか。

 

TVをつけると、またはインスタグラムやFacebookなどのSNSでもてはやされるような人たちはお金をたくさん得て、贅沢な暮らしをしている人や、モデルのような恋人と付き合った、別れた。などという情報が大量に入ってきます。

 

そして私たちは時にそれを

「ああいう風になりたい。」「お金を気にせず、自由に生きたい。」

だとか

「あんな素敵な人が恋人だったらどれだけ幸せな毎日なんだろうか。」

といった羨望の眼差しで見つめます。

 

 

現代に生きる私たちにとって“むさぼり”を辞める事は難しいかもしれません。

 

 

私もかつてはワクワクやドキドキが大好きな人間でした。

そこにやりがいや、価値を見出してきました。

何か目標を設定し、それが達成されれば喜び、ダメだと自分の事を惨めに思って、またそれをバネに生きてきました。

幸いだったのは持ち前の物忘れの早さで立ち直り、今日まで色々な人に支えられながら、概ね満足に生きてこれたという事です。

 

先の記事から述べている瞑想が自分の感覚に目を向ける事、つまり内の世界に目を向ける事と表現するならば、私は外の世界に目を向けてきた人間という表現が正しいかもしれません。

そして今の社会を生きる多くの人がそうであると言えます。

 

20代の私はまさに感覚器(視覚、味覚、触覚、聴覚、嗅覚)を通して入ってくる刺激に対して幸福を見出し、それによって得られる刺激に一喜一憂をしていたワクワクドキドキ至上主義であったと言えるでしょう。

 

しかし今は少し変わってきています。

 

もちろん何かにチャレンジする事は成功しようが失敗しようが、それによって自分が高まり、成長できるという点で素晴らしいです。

その価値観は否定しようがありません。

 

しかしバランスも重要かな。

と、こういう考えも出てきたのです。

 

 

 

資本主義、ワクワクドキドキ至上主義の問題点

 

資本主義、そして20代の頃の私のようなワクワクドキドキ至上主義には問題点が二つ存在します。

 

  • 高くなっていく目標

 

そういうワクワクドキドキ価値観至上主義の一つ目の問題点は、目標がどんどん高くなっていきます。

 

例えば私は学生時代、自分が社会に適合できるかすごく不安でした。

勉強はできない。そして昔から協調性も無かったので、どのグループに所属しても何か自分が認められていない疎外感のようなものを感じていたからです。

そして学生時代の自分が置かれている状況から、自分が社会に出てまともな仕事に就き、ちゃんとごはんが食べていけるか。

その点で不安だったのです。

 

好きな事を仕事にしたい。だとか、情熱をもって仕事をしたい。とかそんな夢のある学生ではありませんでした。

 

しかし社会に出てみると、思っていたよりやりがい、経済的にも満足した生活が送れています。

少なくとも学生時代よりは充実した毎日を過ごせています。

 

 

 

少し話が逸れますが先ほど言った協調性という面では、私は今でも友達を作る事はうまくありません。

 

しかし“仲間”は割と集まってきてくれる事に気付きました。

 

仲間と友達には大きな違いがあります。

“仲間”とは何か共通の目的を持って集まる集団の事です。

逆に友達とはそれの逆、何もお互い共通の目的等がなくても、一緒にご飯に行ったりできる関係と言っていいのではないかと思います。

 

例えばドラゴンボールではほとんどのパートで共通の敵がいます。ベジータ、フリーザ、セル、魔人ブウ。

彼らと戦っている時、悟空を中心としたキャラクターはとても団結します。

しかし敵を倒し、平和が訪れるとどうでしょう。彼らはとても暇そうです。笑 

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悟空中心に考えるとピッコロ、ベジータ。この二人は絶対に仲間であって、友達ではありません。(休日に彼らが一緒にスタバ行く所とか想像できません。)

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話が横道にそれましたが、私達は目標を設定し、それを達成したり、達成しなかったりの繰り返しです。

 

 

 

 問題なのは叶えられそうな目標では心は満足しなくなっていきます。 つまり目標は高くなっていきます。

私が学生時代、

「社会に出てご飯が食べていけるか不安だ。」

「どんな形でもいいから、社会に認められ、生きていけるようにならないと。」

という所に目標を置いていたのにも関わらず、今はそれだけでは満足できなくなっているのもこの一例です。

 

前にも書いたように人の欲にはアトピー性皮膚炎のかゆみに似た要素があると思います。

かゆい→かく→傷が深くなりもっとかきたくなる。

muranak.hatenablog.com

 

 

 

  • 欲望のすり替え

 

もう一つの問題点は欲望のすり替えです。人が何かしたい、こうなりたいと思う時、それは必ずそれが達成されてない状態です。

 

 

そして、その欲望に対する刺激が増えます。

 

その欲望さえ達成すれば、人生の全てが上手くいくと脳が錯覚し、思いこんでいます。

または自分の人生がうまくいっていないのはその欲望が達成されていないからだというすり替えが発生します。

お金が無い人はお金さえあれば、幸福になれると思っています。

恋愛で苦労している人は素敵な人と結ばれさえすれば、全て上手くいくと思っています。

時間が無い人は仕事から解放され、自由な時間さえあれば幸せな人生が送れると思っています。

 

結論から言うとそれは違います。

 

そして繰り返しですが私達はそんな事を達成したり、達成しなかったりを人生の中で繰り返します。

 

私がそういった経験の繰り返しの中で、提案したいと言いますか、違う価値観に気づいたのは、そういう生き方プラス内側に目を向けるという事です。

 

 

なので

資本主義が悪い!とか

そんな生き方狂っているから、今すぐ辞めて目を覚ますんだ!

と言ってるわけではありません。

 

プラクティカルに考えて、そちらに深く足を突っ込まないほうが何か目標が達成されなくても自分の事を惨めに思ったり、それについて落胆したり、悔しい思いが薄れるのです。

 

外の世界にしか目をやっていないと、一つの物差しでしか自分を計れません。

しかし内に目を向けている人は、違う物差しで自分を計ることができます。

 

まるで西洋医学と、東洋医学の人体の捉え方のようです。

すごく痛みがあるのにレントゲンMRIで何も異常が見つからない。

西洋医学では臓器、筋肉、それぞれを分けて観察しますが、東洋医学では人体を一つの塊として大きな目で観察します。西洋医学は木を見て、東洋医学は森を見るなどとよく言われます。

このように考え方が違うので、ずっと病院に通って治らなかった人が、嘘のように1回の鍼治療や漢方で治ったりします。

 

豪華客船で多くのアメリカ人を治療していても思いました。彼らには選択肢が少ない(西洋医学に偏っている)せいで、薬漬けにされ、注射を打たれ、数多くの手術を受けていますが、今だに多くの人が、痛みをはじめとする症状に悩まされています。

 

つまり体(体に対する西洋医学、東洋医学)にしても、心(心に対する内側、外側の視点)にしても色々な視点を持っているということは、どちらが優れてるという問題では無く、それだけで良いことであると言えるでしょう。

 

心に対する多くの人が持っていないもう一つの視点というのは、先ほど言ったお金や、恋愛でいうと

“豊かになれば幸福なのでは無く、幸福だから豊か”

“素敵な人と一緒になれれば幸福なのでは無く、幸福だから素敵な人と一緒になれる“

“成功したら自分を好きになるのでは無く、自分を好きになるから成功する。“

 

という非常にシンプルな内向きの視点の事です。

 

 

このような事に気づく事が出来れば、何か人生に閉塞感を感じている人や、漠然な不安を抱えている人の多くは救われる可能性があると思います。

 

 

 

欲望がひたすら高くなっていく事。欲望のすり替えが起こる事。

資本主義が大事にする“むさぼり”にはこのようなデメリットが存在します。

 

ミツ君はまた私とは違った目線で資本主義を批判していました。

それは大量生産、大量消費による心の問題です。モノに溢れた現代で、モノの価値は急速に下がってきています。

つまり変えが効くのでモノを現代人は大事にしません。そしてそのような傾向はモノだけでなく、人間関係にも伝播するのではないかというのがミツ君の考えでした。

 

もしこの記事を読んでくださった、かつての私のようなワクワクドキドキ至上主義の方がいらっしゃったらTo wisdom (より賢く生きる)のために是非一度、こういった視点を取り入れてみる事をオススメします。

その結果

「やっぱり自分には資本主義社会の物質的な豊かさで得られる幸福の方が自分に合っているな。」

と思えば、その道を生きれば良いのです。

 

テレビなどを見ていると誰もが消費によってしか幸せになれないような錯覚を生み出します。

 

選ぶかどうかは別として、こういう生き方や視点もあるという事だけ頭の片隅に置いていただければ幸いです。

 

ありがとうございました。

瞑想体験記最終章 潜在意識は変わるか。

 ミャンマーでの瞑想体験記を書く前に日本の瞑想体験記をちゃんと完結させます。

 

 

 

仏教用語、パーリ語で”サンカーラ”というものがあります。

古代インドの仏典に多く記述され、日本の般若心経にも登場する大事な言葉です。

 

サンカーラ:反応(心の条件付け)

 

とありますが

人がストレス等を感じた時にそれに対する反応が生まれ、それが心の奥底に溜まっていきます。

ストレスと違うのは、サンカーラは何か良い記憶に対しても、それに対する渇望という形で溜まっていくという事です。

 

僕が勝手に分かりやすく解釈した感じでは、ピクサー映画“Inside out”のあのボールみたいなものだと思ってください。

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まずこのサンカーラを新しく貯めない事というのが重要になってきます。

このサンカーラは感覚と結びついていますので、その為にわざわざ私たちは人里離れた山奥で、誰とも喋らず粗食を食べる事で視覚、聴覚、味覚などあらゆる感覚器を通して入ってくる刺激を遮断した生活をしているのです。

 

そのようにして刺激という名の心の養分を断つとどうなるか。

 

例えば体の養分を断つ。つまり断食をしても3日、1週間、はたまた1か月は水があれば生きていけます。それは体に溜まった脂肪が燃え始めるからです。

 

心も同じです。会話をしない。携帯をチェックしない。読み書きをしない、テレビやマスメディアに触れない。

つまり心が大好きな刺激(養分)を断つと、体の脂肪が燃え始めるように、過去の溜まり溜まったサンカーラが浮かびあがり燃え始めます。

 

修行が終盤になるに差し掛かり、深い瞑想に入っていく事で、過去に溜まったサンカーラが燃え始めるのです。

 

聖なる沈黙の後、何人かの古い生徒さんと話す機会がありました。

彼ら曰く、何回もこの修行に参加する事によって、今まで忘れていた事すら忘れていたような事を思い出し(それは大体嫌な思い出らしいのですが)、それと向き合う事を求められると言っていました。

 

 

今回3回目の参加女性は

1回目は高校時代、2回目は中学時代、3回目は小学生時代の思い出が掘り起こされ、いじめられてた事など、それと向き合う事を求められた。

と言っていました。

 

しかしなぜこんな辛い事をしてまで、わざわざサンカーラを燃やす必要があるのでしょうか?

 

 

 

 

いきなりですが、真実はいつも一つではありません。

 

こんな事を言うと体は子供、頭脳は大人のメガネをかけた名探偵に怒られそうですが

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大事な事なのでもう一度、真実はいつも一つではありません。

 

”盲人象に触れる”というインドの古い話があります。

ある盲人5人を象のところへ連れて行き触ってもらい、象とはあなたにとってどんなモノだったかを尋ねました。

 

ある人は足に触れ

象とは柱のようだった。と言い。ある人は尻尾に触れ

象とはムチのようだった。

と答えたそうです。

 

これは現代の私たちの世界にも起こりえている事です。

例えばレストランに行った時、色彩に関する勉強をした事がある人ならそのレストランのテーブル、イスの色が気になるかもしれませんし。

またレストランのホールで働いた経験のある人なら、いかにテーブル、イスが綺麗に整えられているか。

またキッチンで働いた事のある人なら、料理の盛り付けが魅力的になされているか。

そのレストランで過去、恋人に壮絶なフラれ方をした人なら、レストランに行く事すら嫌悪感を覚えるかもしれません。

4人とも同じレストランに居るのにも関わらず、見えているもの、感じているモノはそれぞれ微妙に違うのです。

 

その見えているモノは過去の経験、価値観つまり過去に貯めたサンカーラに基づき変わっていきます。

つまりInside outで言うとヨロコビ

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の経験が過去多かった人はヨロコビボール(サンカーラ)が心に溜まっていき、ポジティブで外交的な性格に

カナシミ

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の経験が多かった人はネガティブで内向的になる傾向があります。

 

そんなサンカーラによって見えている世界、そして支配されている感情や、行動を潜在意識という事もできるでしょう。

 

私たちは生まれ持ったポジティブ、ネガティブ、内向的、外交的、怒りっぽいなどの性格は変える事ができないと多くの人が思っています。

 

しかし瞑想によってサンカーラを燃やしていくとどのような事が体に起こってくるのでしょうか?

 

  • ブッダが考えた潜在意識へアクセスするKey

私たちの意識には表面(顕在)意識と潜在意識というものがあります。

顕在意識とは普段表に現れる、いわゆる思考というものです。

しかし行動を決めるのは90パーセントが潜在意識によるものだと言われています。

”話している途中に足を組み換えよう。”

”寝ている時に蚊にさされて、そこを引っ掻く。”

のような些細な事から

こんな事で怒るのはばかばかしいと思っても怒る。

こんなこと考えてもしょうがないと思っても、考えてしまう。

ダイエットしているから食べてはいけないと思っても、食べてしまう。

もっと努力しなきゃと思っているのに、怠けてしまう。

これらの人たちは怒りっぽい人でもなく、考えすぎる人でもなく、怠惰な人でもなく、そうせざるをえない人たちなのです。

つまり潜在意識によってそういうメカニズムになってしまうのです。

体をコントロールする心が未熟だと何をやっても結果的にはうまくいきません。

 

 

 ここからは私の推測ですが

 

きっとお釈迦様はこう考えたと思うんです。表面意識は体を媒介して潜在意識にアクセスできるはずだと。

つまり普段我々が見過ごしている呼吸、感覚、とるにたらないような些細な感情を感じることによって、潜在意識を表面意識化していく。

フロイトも同じような事を言っていますが、潜在意識の表面意識化以外に潜在意識を変える事は出来ないのです。よく我々も気付いていない事は変わりようがないと言いますが、まさにその事です。

この呼吸を代表とする普段意識していない事に”いちいち”気づく事により、表面意識と潜在意識の間にある強固な壁が薄れ、怠ける事なく、感情の渦に支配される事なく、自分の進むべき道に進めるようになると。

 

そうすると少し大げさな言い方ですが、あなたの見えている世界は劇的に変わります。

たくさんのことに気づき、明晰になります。

感覚器を通じて感じている自分と、それに気づいている自分が乖離し、さらに気づいている自分の方が、感じている自分より大きく成長する時、極端な話自分というものは無くなります。

「自分のため 」とか 、「自分がいい思いしたい」とか 、そういったものがほとんどなくなります 。なにしろ観察している自分がメインです。そうなった場合、自分はどういう存在になるかと言えばある意味 もう自分のためには生きられません。他とのつながり、あるいは他の生きとし生けるものとのつながりの中にしか、自分は存在しなくなるわけです 。

そうやって自分の物、欲望、思考への執着が滅していきます。

 

 

 

10日目

午前の瞑想が終わると瞑想センター前に

”聖なる沈黙は解かれました。”

との掲示

 

私たちは一斉に喋り出しました。

男の人は住職、バックパッカー、SE、休職中の人、フリーター色んな人がいて楽しかったです。

私はみんなに外人だと思われていました。(なんか最近シンガポールか香港出身とよく言われます)

 

講話でこのおしゃべりはいわばリハビリ、社会に戻っていくために必要なことと言っていました。

 

 

その日の夕方も、普通に瞑想する時間があったのですが、会話の後だと、明らかに今まで感じてた感覚より弱くなっていること、呼吸への集中が難しくなっている事に気づきました。

 

 

以上で日本の瞑想センターでの体験記、瞑想によって私が感じた事のまとめは終わりです。

 

結論だけ言えば、自分にとっては非常に実りある10日間でした。

 

この後何も刺激のなかった千葉の山奥から、もっとも刺激的な街ハロウィンの東京に戻ってきて、視覚、嗅覚、聴覚あらゆる刺激の圧倒的な量にどっと疲れてしまいました。

 

またミャンマーの瞑想体験記については後日書いてみます。

 

 

 

最後に

 

悟りを得たお釈迦様は人間のタイプを4つに分類しました。

光から闇に向かう者。光から光に向かう者。闇から闇に向かう者。闇から光に向かう者。

最初から解説しますと

裕福な家庭に生まれ、何不自由なく育ったのに欲に溺れたり、劣等感に苛まれ、惨めな感情をいつも抱きながら不幸な人生を選ぶ者。

裕福な家庭に生まれても、欲に溺れず正しい道を選ぶ者。

貧しい環境で生まれ、自らをまた貧しい、苦悩の道に招いていく者。

貧しい環境に生まれても腐ることなく励み、世の真理を理解し、安らかで幸せな人生を歩む者。

 

光に生まれるか闇に生まれるかは選べませんが、向かう道を選ぶことはできます。

 

瞑想の実践によってあなたが気づき、私が気づき、周りの人が気づいていく。

それが私の理想です。

 

長々としたまとめになってしまいましたが、最後までこの瞑想体験記と考察を読んでくださり、ありがとうございました。

 

豪華客船で30ヵ国、80都市以上回った僕がオススメする港町BEST5

 

最近瞑想関係が多かったのでたまにはポップな記事を。

ふと思ったのはこのブログのタイトル『カリブ海にて考え中』って言いながら、ブログを始めたのは地中海クルーズの時からですし、今もミャンマーのヤンゴンで書いてるので、全然カリブ海で考えてないんですよね(笑)

 

それにしてもヤンゴンは面白い街です。

かつてアジア最貧国と言われたミャンマーですが、スーチーさんが政権与党になってから、目覚ましい経済発展が始まっています。

それでもホテルの受付曰く25%程の権力はまだ軍事政権や、前の既得権益に掌握されており、改革は円滑には進んでいないという事ですが、これからどうなる事でしょう。

 

 

 

さて本題

豪華客船で働いて3年が経ちましたが、最もよく聞かれる質問の一つに

で、結局どこの国(町)がええのん?

という質問です。

 

前のSea day、Port dayという記事の中でも触れましたが、僕たちが町に降りる事の出来る時間というのは限られています。

ポートによっては夜遅くまで停泊する場合ありますが、大体の場合8:00〜18:00くらいです。

 

なのでその町に旅行し泊まるのと、クルーズで訪れる事の間には大きな違いがあると思います。

 

といっても、もうかれこれ30か国以上、80を超える町を訪れましたので個人的な偏見でBest5を決めてみたいと思います。

 

 

 

 

第5位 グランドケイマン(カリブ海、イギリス領)

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結論から言うと、カリブからはこの島だけがランクインです。

少し前、タックスヘイヴンの地としてニュースになった所ですが、海の綺麗さだけを見たらディズニーのプライベートアイランド、キャスタウェイケイよりグランドケイマンの7マイルビーチの方が綺麗でした。(季節や気候による)

ここでは

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パラセーリングしたり

 

 

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みんなでビーチ行って泳いだり

 

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なんせ海が綺麗

 

ただカリブの島全体に言える事ですが商売してる現地人がたくましすぎるので、押し売りとかに気をつけてください。

 

  • グランドケイマンのオススメスポット

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http://www.marriott.co.jp/hotels/travel/gcmgc-grand-cayman-marriott-beach-resort/

 

ここに来れば大体皆さんが期待してるような、カリブや南の島での定番の過ごし方。つまりビーチに寝そべって日焼けしたり、リクライニンチェアで海を眺めがらビールを飲んだり、Wi-Fiを使ってSNSにポストしたり、ハンモックに揺られたり、もちろん透明な海で泳いだり全てがここに詰まっています。全てここで満たされます。

ここの併設レストランでランチを食べれば、リクライニンチェアなどのホテル施設を使うことが可能ですので、ホテルに宿泊する必要はありません。

上であげたビーチの写真も全てこのホテルの併設ビーチで撮ったものです。

7マイルビーチとはその名の通りかなり長いビーチなのですが、海水浴場によってはあまり綺麗じゃないところもあります。

ここは人もそれほど多くなく、一部のクルーにしか知られてない本当に穴場スポットなので、グランドケイマンに行った時は是非ご利用ください。

 

僕のケースですとグランドケイマンに休日をいただくと

友達と一緒にホテル行く(タクシーは相乗りが安いので)→ホテルのレストランでオーダー→インターネット→ランチ→ハンモックで揺られながらインターネット→少し喋る→インターネット→海で泳ぐ

というのが王道でした。

 

ちなみにグランドケイマンには美味しいタイレストランもあるのですが、ここはクルーメンバーの溜まり場になっていました。

クルーズ船が3隻も停泊している時などは、人でごったがえしてました。(基本的にクルーはWi-Fiが目当てでもありますから、回転悪いですし。)

 

あとサンゴ礁保護の観点や遠浅になってるせいか、クルーズ船のような大きい船が着岸できないんです。

なのでテンダーボートという小さい船を渡し船のように使って、クルーズ船と岸を行き来するんですが、この時に船の写真が最高に格好よく撮れます。

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これも僕にとっては嬉しいことでした。

 

 

第4位 リバプール(イギリス)

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リバプールはイギリス北西部の中心都市。1900年代前半はイギリス有数の湾港都市として栄え、現在はビートルズの出身地として、またはアートオブジェを街中にたくさん作るなどして観光に力を入れてます。

 

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クルーズが停まっている場所の港湾部一帯が、ユネスコに世界遺産登録されています。

 

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僕はビートルズの大ファンなんですが、ビートルズストーリーという博物館がその港湾部にあります。

 

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北海道でGLAYを聞きながらツーリングしたり、リバプールでビートルズを聴きながら闊歩すると、普段聞いてる曲も、なんだか違って聞こえるので不思議です。

 

港から街の中心まではとても近く

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駅前広場

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City center

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大聖堂を中心に見るべき所はいっぱいあります。

 

自分がビートルズ好きというのもありますが、それを差し引いてもすごく雰囲気の良い街です。

2回寄港したのですが、そこそこ大きい街なので観光するのに全然時間が足りませんでした。近くに同規模の街マンチェスターもあるのでゆっくり3日くらい滞在するのも良さそうです。僕もプライベートでまた来たいです。

海があって、公園があって、歴史もあって日本でいうと横浜に似てます。海風を切って自転車なんかで回れたら、気持ち良さそうです。

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建物もTHEイギリス建築って感じでオシャレですし、歴史のある街なので良い感じに年記が入った建物が多いです。

 

  • リバプールのオススメスポット

Liverpool public library

リバプール市立図書館に行ってください。素敵すぎます。雰囲気がハリーポッター以外の何ものでもありません。

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ディズニークルーズが初めて寄港したという事もあってか、出港時はたくさんの人が見送りに来てくれ、花火で盛大にセレモニーまでしてくれました。

 

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第3位 スタヴァンゲル(ノルウェー)

 歩いているだけで人を幸せにさせるカラフルでアートな街。

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ノルウェーフィヨルド入り口に位置する小さな港町。

オススメしといてなんですが、この町には特に見るものはありません。

ただひたすらに町全体がおしゃれです。

なので歩いているだけで人を幸せにさせるという力をこの街は持っています。

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街の雰囲気がクラシックなデザインのディズニー船にピッタリです。

 

そして町のどこを歩いていても写真を撮りたい気分になります。

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カラフルには人をひきつける効果があるという心理効果があるらしいのですが、それがこの町に来る人を特別な気持ちにさせる要因の一つかもしれません。

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北欧の人は文学を好みます。冬が長いですからね。

 

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こういうノルウェー人の気質は日本人に似てるかもしれません笑 

 

  •  スタヴェンゲルのオススメスポット

行く場所が無い。と言いましたがコーヒーやカフェ好きの方であれば、僕の行きつけのカフェ「ハネカム』にぜひ行ってください。

店員さんも愛想が良く、もしまだ働いていればヘレナ・マットソン似のお姉さんがいるはずです。

船がこに寄港するたびに私は寄っていました。(別に彼女目当てでは無い)

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ハネカム!

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店内、見えにくいですが店の奥にサーフィンボードを持ったチューバッカがいます。

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トイレの中までご覧のようにこのこだわりよう。

 

ただこの辺りは高級住宅街でもあるようで、洋服とかはものすごく高かったです。あとわりと美味しい日本食のレストランもあります。

 

先ほど言ったようにこの街は特に何をするわけでもなく、ただふらふら歩いてるのが楽しいです。

なのでリバプールとは逆に、ここで3日過ごせって言われるとちょっと退屈するかもしれません。たまにはゆっくりするのもいいですけどね。

 

 

 

第2位 タリン(エストニア)

リアルFF、ドラゴンクエストの世界

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エストニアの首都タリン。

フィンランド湾を隔てて、ヘルシンキとはわずか80キロしか離れておらず、高速船なら1時間半程度で移動できるらしいです。

ヘルシンキに行った友達は何人か知ってますが、個人的にはタリンの方が

俺はタリンの事が好きだー!!って水平線に向かって叫びたくなるくらい好きです。

 

ドイツ、スウェーデン、ロシアに占領された歴史のあるこの町は、町の外壁をぐるりと城塞に囲まれる城塞都市です。

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城塞都市という響きだけで、なんかカッコよさに痺れます。

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今その城壁はカフェとして利用されています。

 

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世界遺産に指定される旧市街地に入ると、街並みが整然としています。

 

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花や植物も多いです。見ていて癒されます。

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ピーナッツ売りの少女

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こういう路地も多いです。こういう路地大好きです。

 

1980年代後半、ソ連の崩壊の兆しとともに独立の気運が高まり、1988年、タリン近郊の「歌の原」に約30万人(当時エストニア全土の人口は約150万人)が集い、ソ連により禁止されていたエストニアの民謡などを歌う事件があった。これによりますます独立の気運は高まり、1989年にはタリン、リガヴィリニュスバルト三国の3都市を「人間の鎖」で結ぶ運動(バルトの道)に100万人が参加した。1991年に独立を達成。このことからエストニアの独立は「歌による革命」とも言われることがある。

wikipediaより

なんか街並みといい、歌による革命といい、いちいち厨二心をくすぐりますね。

 

また旧市街地なら半日と少しあれば、回りきれるので大きすぎず、小さすぎず豪華客船で寄るのに丁度いいくらいのサイズという所がまた良いです。

この町の雰囲気はRPG好きにはたまりません。

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石畳、城壁、砦、中世みたいな格好した人々。

  • タリンのオススメスポット

タリンにあるビーガンレストランVegan restoran Vはめちゃオススメです。(綴りは間違ってません、正式名称です)

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www.tripadvisor.jp

肉を食いたいって文句言ってた同僚を無理やり連れて行ったんですが、うなるくらいの美味しさでした。 

 

第一位 レイキャビーク(アイスランド)

世界最北の首都。とりあえず自然凄い。

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ローマ字ではReykjavíkと書きます。初めてだと何て読むか戸惑いますよね。

 

有名なのはブルーラグーン。

僕はレイキャビクに寄港する日なぜか呪われたかのように忙しいことが多く、残念ながらブルーラグーンには行ったことないので、友達が行った写真貼っておきます。

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なんかいいらしいですよ(適当)ちなみに予約が必要なのでツアーじゃなく個人で行く人は気をつけて下さい。

 

白夜で有名なアイスランド。

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深夜1時、船のデッキから

夏の間は数十分しか日が沈みません。冬の間にクルーズ船が寄港することは無いと思いますが、逆に4時間しか日照時間が無いとか信じられませんね。

アイスランド人は『その人の本棚を見てその人がどんな人か見定める』というのも納得できます。世界一読書をする国民、また10人に1人は生涯で自分の本を出版するらしいです。情報源https://www.theguardian.com/books/booksblog/2008/oct/03/1

 

  • レイキャビクのオススメスポット

ゴールデンサークルのツアーに申し込んでいれば間違いない。

ゴールデンサークルツアーに申し込むとツアー時間にもよると思いますが、見所であるグトルフォスの滝、シンクヴェトリル、ゲイシャーには寄ってくれるはずです。

日本からもツアーを組めるはずですが、レイキャビクの市街地にある旅行代理店に直接行って申し込んだ方が断然安いはずです。結構空きはあります。(ただし朝早く行ってください)

 

地球の裂け目 シンクヴェトリル

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空が低い。

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 グトルフォスの滝

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ゲイシャー

火の国アイスランドと言われるほど火山が多いアイスランド。

オススメしたゴールデンサークルはそれはとても素晴らしいんですが、そこに行くまでにバスの車窓から見える景色全てがとても荘厳で美しいです。

全島観光スポットと言われる由縁がわかります。

 

時期によってはオーロラも見れますし、アイスランド第二の都市アクレイリの近くにも大自然を感じられる場所がいっぱいですので、アイスランドには一週間ほど滞在してみることをオススメします!

 

以上。

 

僕の独断で決めたTOP5でした。

ちなみに僕が周っているのはカリブ、北米、北欧、地中海のあたりなので、アジアとか中東の方は全くわかりません。

そちらの方も機会があれば是非行ってみたいです。

 

 

 

おそらくこれが2016年最後の記事です。

このブログを見てくださってありがとうございます。

意外な人から見てるよ。と言われると嬉しくなります。

 

皆さんが来年も幸せでありますように。

また来年もよろしくお願いします。

 

 

 

ミャンマーの僧院でクリスマスを迎えたのですが、申し訳程度にこんなお菓子が出てきました。

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これが僕の今年唯一見た、クリスマスっぽいものでした(笑)

みなさま よいお年を

 

 

第15回 瞑想したらなんだか、かめはめ波打てそうな気がした。

4、5、6日目 

私は今さらなる修行の為にミャンマーに向かっている途中なのですが、乗り継ぎのマレーシアで前回の修行の体験を完結させていない事を思い出し、必死にまとめています。笑

 

 

 

 

 

4日目の朝。

朝4時に起床し、いつものように瞑想センターに向かうとある掲示が。

 

“本日の午後よりヴィパッサナー瞑想の指導が始まります。”

 

やっとこの呼吸を感じ続ける毎日から脱出できるのか。

私はドラゴンボールでいうと、界王様の所に修行に来た悟空がやっと界王拳を教えてもらうかのように、舞い上がりました。

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しかし一方、私達はお互いに喋ることを許させれていません。
自分が今までの瞑想で正しい方向に向かっているか、感覚をしっかり感じとれているのかは、誰にもわからないのです。


聖なる沈黙と呼ばれるこの9日間、私達はアイコンタクトや、ジェスチャーによる意思疎通も許されていません。

 

そして午後、いよいよヴィパッサナー瞑想の指導が始まりました。

 


今まで鼻から上唇周辺に置いていた意識を眉間、頭頂部へスライドさせていきます。

 

 

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私は何かとてもずっしりした圧のようなものが移動するのを感じました。


4日半、約45時間に渡って私はここの感覚を感じる事に全精力を注ぎ、大事に育ててきたので当然といえば当然です。

 

そして頭頂部に溜まった感覚を頭皮全体に広げなさい。という指示に従い、行ってみると

その瞬間、今まで人生で一度も感じたことのないザワザワとした強烈な、それはもう、うっとりするような、気持ちの良い感覚が私の頭皮全体を覆い尽くしました。

 

それから指導者の指示に従い、この感覚を決まった順序で頭の先から足の先までまんべんなく体全体に動かしていきました。

 

顔や、手のひらなど、ものすごく強烈な感覚を感じる部分もあれば、太ももや、お尻などほとんど感覚を感じない部分がありました。

 

これからの修行はこのような感覚をどこでも平等に感じるようにしていくことです。

 

意識を置いた部分に感じる感覚は、なんとも言葉にし難いところがあります。
さっきも言ったプレッシャーのようでもあり、熱のように感じたり、ピリピリとした電気刺激のように感じたり、しかし紛れもなく意識を置いた場所には何かしらの感覚を感じることができました。

 

それを”気”という事ができるのならば、私は小学生の頃かめはめ波や、霊ガン(幽遊白書)が自分にも撃てるんじゃないかと思い、一人練習している時期がありました。

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その時何か、気が溜まっていくような感じを手のひらや、指先に感じ、期待に胸を躍らせて撃ってみましたが、結果は何も起こりませんでした。

 

しかしそのような感覚が無駄では無かったと、20年経った今、瞑想によって知る事ができました。

 

 


聖なる沈黙が解けた後、皆にどんな感覚を感じたか聞いてみた所、皆似て非なるモノを感じていたそうです。


それは個人個人のバックグランドや、経験によるのかもしれません。

ちなみに超伝導を研究する物理学者のピーターは、この感覚をバイブレーションのように感じたそうです。

 

 

  • 感覚の考察

 

私は感覚シナプス(ニューロン)の再結合のように感じました。

 

 

感覚シナプスの再結合というのは、例えばこのようにインド人はしなやかに首を前後、左右、あるいは回すように動かす事が出来ます。

 

www.youtube.com

 

 

 

このような動きを可能にしているのは、彼らが何か特別な筋肉を持っているわけではなく、多くの人が筋肉の正しい使い方を知らないだけなのです。
つまり運動ニューロンがうまく筋肉と結合していないということです。

 

感覚についても同じことが言えるのではないかと私は仮定しました。

 

 

  • 感じるとはどういうことなのか?

 

視覚、嗅覚、味覚、知覚と呼ばれる感覚は『脳』が感じている感覚です。

 

例えば知覚で申しますと、私たちが物に触れた時に得られる皮膚感覚の情報は、脊髄や視床を経由し大脳新皮質に到達した後、より高次な脳領域に伝わります。この低次領域から高次領域に向かう入力を『ボトムアップ入力』と呼びます。

一方、高次から低次に向かう入力『トップダウン入力』と呼びます。

この遠心性、求心性、二つの情報が統合され、私たちは感覚を感じることができます。

 

もちろんこの『ボトムアップ入力』無しには私たちは何も感じることが出来ません。

しかしこの外界から与えられる情報は何も『触れられる』や、『何かが皮膚に刺さる』などの強い刺激でなくても、意識を集中させれば感じることができます。

 

皮膚は常に空気と接触していますし、人だって少なからず皮膚呼吸もしています。(余談ですが、ミミズは専用の呼吸器官を持たないので100%皮膚呼吸と言われています。)

 

しかし私たちは皮膚が空気に触れている感覚を、呼吸している感覚を日常生活で味わうことはまずありません。

 

私たちは普段感じている多くの感覚(sensation)を見過ごしている。

 

視覚、聴覚、味覚、知覚、あらゆる感覚器は強い刺激が入り続けると、ついにはそれに順応し、より強い刺激でないと反応しなくなります。

 

味覚で想像すると分かりやすいかもしれません。(塩辛い食事に慣れると薄味では物足りないですよね。)

 

マスコミやテレビも私たちの心により強い刺激を与えるものを考え、制作提供し続けています。(広告界では購買意欲をそそる為に仕方のない事ですが)

 

繰り返しですが私たちの多くは、生まれてこの方、ずっと外の世界に目を向けてきました。

言うならば、外の世界に刺激を求めてきました。

 

そして心が赴くままに、コロコロとTVのチャンネルを変えるかのように、より自分の心を楽しませてくれるものを、私たちは同時並行で常に探し続けています。

 

 

 

瞑想によって内の世界に目を向けるだけでなく、外の世界ばかり見ていると、私たちの感覚はどんどん強い刺激でなければ反応しなくなってきてしまいます。

 

 

 

 

  • 無常という真理

 


感じる感覚は人それぞれ違えば、その日の体調、時間帯によっても微妙に違います。


ただ全ての感覚はただ一つ共通の性質を持っています。


それは前にも言ったよう、生まれては消えていく。無常(Impermanence)だということです。


無常というのはただ全てのものは移り変わっていくという、宇宙の真理です。
昔は良かったとか、あの頃は良かったなどという、センチメンタルな事でも、ネガティブな事でもなく、ただの事実であり、真理です。

 

無常は瞑想を理解する上での大きなテーマです。

 

私たちは無常ということを誰でも知識としては知っています。

無常とは物事は常に変化し続けているということ。

しかし多くの人は無意識に世の中や、物事が変化しないという固定観念に縛られています。

少し前に美魔女という言葉が随分ブームになりましたが、老いていく事にあらがおうとしたり、恋人の気持ちが変化しないと思っていたり、親によっては子供をいつまでも自分の手元に置いておきたかったり、その逆も然りです。

 

そして世の中の真理である無常にこのように逆らう事で、人は苦しみます。


なので私たちには瞑想を通じて、無常を体得する事が必要なのです。

 

体得するのと知識だけというもの間には大きな違いがあります。

 

 

例えば私は豪華客船の仕事に就く前、ホスピスの事務長をしていました。

多い時だと月に何人もの患者さんが息を引き取ります。

多くの家族に惜しまれながら最期を迎える人、誰にも看取られず悲しく最期を迎える人。

多くの人の最期を看取ってきたので、普通の人より私は死というものに対して、経験と知識はあるかもしれません。

そしてそれらの経験は私に生きる意味について考えさせてくれ、私はこの事務長の仕事を辞め、豪華客船の仕事に就くことを決めました。

 

 

 

しかし結局のところ、私は死んでいないのです。

 

 

 

 

例えば成功者の体験談やノウハウ、セミナーや自己啓発本を読んで、やる気になる人がいます。それはある程度彼らを助けるでしょう。

しかしそのモチベーションは長続きしません。


それは映画のようなエンターテイメントと一緒で、ある種の読み手側の心を楽しく、高揚させるよう作られています。

しかし私達は例えば本田宗一郎が、松下幸之助が味わった感覚や、高揚感を味わうことはできません。

所詮誰かの成功談や、ノウハウを学んだところで、人の表在意識しか変化はありません。


人体も絶え間なく変化し続けています。
人の体は約60兆個の細胞から構成され、それは日々生まれ変わっています。

これも多くの人は知識として知ってる事でしょう。
ただ当然のことながら、私達は普段それを感じることはできません。

しかし瞑想、この感覚を通して私達はそれを体得することができます。

それこそが無常を体得するという事です。

 

もちろん2600年前ブッダは細胞のことなどは知らなかったでしょうが、彼は瞑想を通じて、人体も絶え間なく変化していることを体得しました。
そしてついには菩提樹の下で悟りに至りました。

この体得ということが重要です。

体得無くして、潜在意識を変化させることはできないのです。

その結果驚くほど自分のモノ、考えに対する執着から解放されます。

それはある人にとっては新しい考えや、閃きが生まれ人生を照らすでしょう。

 

 

 

  • 欲望と嫌悪のコントロール

 

この瞑想にはもう一つのメリットもあり、それは自分の感覚を通して人を不幸にすると言われている、渇望と嫌悪も排除する事ができるという事です。

瞑想中、ここにもっと感覚が欲しい。や、あのうっとりするような感覚がもう一度欲しい。といった渇望(craving)。
組んでる足が痺れて痛い。昔の嫌な思い出がよみがえってきた。といった嫌悪(abortion)に向き合い、それをただ観察(observe)するのです。

 

繰り返しですが、こういった欲望に対して私たちが取る最善の方法は抑圧ではありません。

”足が痺れて痛いなー。でも動かしてはダメだと言われてるし、こんな雑念がどうにかして抑えなければ!”

こう思ってはいけません。

物質的な欲、性欲、権利欲。あらゆる欲は抑制して凝縮させると、より心に根をはるので、絶対してはいけません。


観察し、そのような感覚に対して私達が無意識にとっていた行動パターンにまず気づくのです。
そうして人間は初めて潜在意識を変化させることができます。

そうして無常を体得し、色々な執着が無くなるのです。

 

 

こんな事を言うのは簡単ですが、やはり実際1日12時間を超える瞑想をしてますので、やる方は大変でした。

いわゆるZONEに入ったと言える、すごく良い瞑想が出来る時もあれば、全然集中できない時もありました。

 

しかしそうした瞑想の後、クリアな心で見る、田舎の空に輝くクリアな星空はそれはもうとても綺麗でした。

 

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↑これはヨセミテ国立公園(カリフォルニア)に行った時の星空です。

 

いよいよ修行は終盤に差し掛かり、最終日の1日前、私たちはいよいよ喋る事を許されます。

一体どんな人がこの修行に参加し、どのように感じていたのでしょうか?

 

次回に続きます。

 

第14回 1、2、3日目 心が辞めたがっているんだ。

翌日

朝4時に起床。

昨夜寝れたとはいえ、まだ辺りも真っ暗の中起きるのは少し辛い。

ちなみにスケジュールは毎日ほぼ下記のように進行していきます。

4;00 起床
4:30-6:30 個人瞑想(瞑想ホール以外、テントや宿舎で瞑想してもよい)
6:30-8:00 朝食、瞑想
8:00-9:00 グループ瞑想(必ず瞑想ホールに集合する)
9:00-11:00 個人瞑想
11:00-13:00 昼食、休憩(もし質問があれば12時に先生へ質問できる)
13:00-14:30 個人瞑想
14:30-15:30 グループ瞑想
15:30-17:00 講義、個人瞑想
17:00-18:00 軽食、休憩
18:00-19:00 グループ瞑想
19:00-21:00 講話(もし質問があれば9時以降に先生へ質問できる)
21:00-21:30 質問 就寝


1日のほとんど、10時間以上が瞑想の時間です。笑

流れとしては1日の最後にある講話の時間に、新たな瞑想法のテクニックを教わり、次の日1日かけて、それを体得していくという流れ。

 

最初の3日は昨夜教わったアナパナ瞑想と呼ばれる瞑想のトレーニングに取り掛かりました。

アナパナ瞑想とはすごくシンプルな瞑想法で、そのシンプルさ故多くの学術的論文も存在します。

あるアメリカのグループの研究では1時間このアナパナ瞑想法を取りいれたグループと、ただのティーブレークを取り入れた群と比較し、アナパナ瞑想を取り入れたグループの方が著明にストレスレベルが減少したとの論文を発表している。

 

その方法とは

あぐらで座り、目を閉じ、ただひたすら自然な呼吸をして、この緑の部分に意識を集中し、そこにある感覚を観察(Observe)し続けるというもの。

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吸気

もし右の鼻孔から空気を感じるのであればそれを、左から、もしくは両方から感じるならそれを観察する。

呼気
上唇の上縁に空気が触れるのを感じるかもしれないし、私のようにヒゲがある場合、それのそよぎを感じるかもしれない。
ただそれをひたすら観察し続ける。

慣れてくるとこの三角形のエリアに空気の通る感じだけでなく、ピリピリとした感覚を感じ始める。



さすがに朝4時に起きているので、これは瞑想始まったら寝るな。

 

私はそんな事を思いながら取り掛かりました。

不思議なことに眠かったのは最初の数分のみで、頭がどんどん冴えていくのを感じました。

 

そしてただただひたすらに呼吸を観察し、感じ続けました。
深くしたり、早くしたりする事もなく、ただ普通の呼吸を。

10分、20分、30分、、、

 

 

 


眠くはないけど、

 

 

 

 

眠くはないけど、、

 

 

 

 

 

 

 


全く集中できません笑

 

 

 

 

とんでもなく退屈です。

 

 

気がつけば心がお出かけしています。
心のお出かけとは、私の場合。

お腹空いたなぁ
足痺れてきたなぁ
アイスランド綺麗だったなぁ、また行きたいなぁ
円高が進んでなければいいなぁ

(´-`).。oO(


等々

 

そしてこのような心ここにあらず状態に気づくと、すぐにまた意識を呼吸に戻す。

どうしても呼吸に意識をするのが難しい場合は、少し呼吸を荒々しくし、強く感じる事により集中を取り戻す。

 

これを皆さんも実際にやってみればわかるのですが、心というものがいかに落ち着きなく、常に何か他の事を考えているかという事に気付きます。

 

いかに日常生活でもThink too muchでFeel出来ていないかという事です。

 

このトレーニングは今を生きるためのトレーニングです。

 

 

人の思考というのは常に過去や、未来の事にとらわれていて、自分の感覚や目の前に起こっている事に集中できていないかという事が、この瞑想を通してまざまざと実感させられます。

 

講話の中で度々出てくるフレーズなのですが、必要なのは心の手術です。

潜在意識という言葉を聞いた事があるでしょうか?

私達は普段、この潜在意識(心)に体をコントロールされているような状態なのです。


例えば私達が寝ている間蚊に刺されたとすると、意識は寝たままですが、かゆみを感じ取り、その部分をかきます。

また起きている時でも、友達と会話中、もし姿勢が辛くなってきたら無意識に足を組み替えたり、姿勢を変えます。

これらは意識をしてやっているわけではありません。私達が無意識にやっている事なのです。
人はこのような潜在意識にとらわれ、肉体をコントロールされています。

そして多くの人はその事実に気づいてすらいません。

様々な欲求にすぐ反応し、行動したり。
大した事のない事に心をいつまでもとらわれていたり。

 

だからあえてここで重要な事は、"今鼻の穴に空気が通っている。"だとか、"吐いた息が上唇をなでている。"と普段見過ごしているような、微細な感覚を感じる事により、心の声を素直に聞かない。という習慣を作る事です。

 

それがFeelに全神経を傾けていて、Thinkしていないという状態です。


いや厳密に言えば

あーまた心が何か言ってるなー。とか、心が動いたな。

と冷静に観察(observe)する事が重要なのです。

 

よく漫画の中で、頭の中に天使と悪魔が戦っている絵がありますが、あれとは違います。

なぜなら欲望に対する正しい反応は、抑圧することではないからです。

年中ダイエットをしている人をたまに見かけますが、その人の場合であれば

”今週はずっと節制してきたから週末くらいパーっと飲んで、食べようよ”

”たくさん運動したから今日はケーキでも買って、自分をお祝いしよう”

など心が語りかけてくるかもしれません。

 

そして大体の結果こうなります。

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ここで大事なのはこれらの欲望を抑えるのではなくて、観察することなのです。

欲望は抑えようとすればするほど心に根をはります。

決して抑えてはいけません。

 

 

その欲望や、その時抱いている感情を観察して、瞑想を通じて体得したあなたの呼吸や感覚を元に、冷静な判断をくれる秘書を心に雇うといったイメージで、欲望、感情と向き合うのです。

 

私の心の中には瞑想を行って以来、秘書の佐々木希さんが常に私を見張ってくれています。(あ、これ煩悩かな)

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例えば夜家に帰って

”小腹が空いたなぁ、ポッキーでも食べよう”

と思ったとします。

そうすると心の中の佐々木希さんが、私の呼吸、感覚を元に私へ語りかけます。

”本当にポッキーが必要なんですか?あなた後は寝るだけですよ。”

とOvserve した結果を僕に伝えてくれ

あ、そういえばいらないかなと思うのです。

 

怒りや、何かストレスを感じる場面でも

”呼吸が早くなっていて、冷静な判断ができない可能性がありますよ。”

などと教えてくれます。

 

心と体動の間に常にワンクッション置くようなイメージです。

 

心は常に荒々しく、汚いもので、心の浄化が必要です(この事にも多くの人は気づいていません)。

 

少し前に競馬でオルフェーブルという馬がいました。

いくつものG1を勝ち、獲得賞金世界一という記録を持つ、近代競馬史に誇る名馬です。

 

この馬はとにかくとんでもなく高いポテンシャルを持っていましたが、気性(性格)が凄く荒い馬でもありました。

 

阪神大賞典というレースで彼はコースを間違えて、10馬身以上外側に爆走してしまいました。(それでいて一流馬が集まるこのレースで、結果2着というのは競馬ファンからすれば考えられませんでした。)

 

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心はこのような暴れ馬のようなものです。

 

もしこの馬に調教がきちんとされなかったら、名馬に大成することは無かったでしょう。

私たちの心も同じです。暴れ馬のような心を瞑想によって調教(整頓)されなければ、多くの人はポテンシャルを持っているのにも関わらず、それを発揮できずに終わってしまいます。

 

 

 

 

 そしてこの瞑想を行うことを大抵の場合、心は嫌がります。

退屈で刺激が無いからです。

 

 

 


突然ですが、アツアツに温めた鉄鍋に水をかけるとどうなるでしょうか?

 

この瞑想をする事はそんな心という名の温めた鉄鍋に、水かけするようなものです。

当たり前のように心とこの瞑想はジューという荒々しい音と湯気を立て、反発し合います。

心は刺激が大好きなので、こんな退屈な事をしていると

”もういい加減やめて、もっと楽しい事しようぜ!”

”意味ないよ。こんな事!”

とか

”こんな退屈な思いしてまで、なんで呼吸を観察してるの?バカなの?”


と囁いてきます。


映画等で2時間座ってて平気なのは心という鉄鍋に油を注ぐようなものなので、心に炎が付くせいで、平気でいられます。ああいうものは心の大好物です。

 

マインドコントロールという言葉が少し昔に流行りましたが、私達多くの人はマインドニコントロールされていると言った方が正しいかもしれません。

 

 

 

 

 

 

私は心を”今”という時に留めるため、呼吸を感じ続けました。
日が明けても、暮れても続けました。

 

いや正直に言うと退屈で死にそうでした。

 

ただ環境というのは本当に大事だなと思いました。
もし私が瞑想なんてもう嫌だと、テントに帰った所で何もやる事がないのです。
こんな森に囲まれた所では、結局瞑想以外やる事はないのです。

 

そうこうしながら3日目が終わり、4日目の朝、いつまでこの苦行が続くのかと思いつつ、瞑想センターに行くと、ある掲示がされていたのでした。

0日目 怪しげな瞑想施設に修行へ行ったお話


ヴィパッサナー瞑想の施設は日本に二つ。京都と千葉にあります。
京都の方は人気で、もう今年一杯は予約が取れないみたいです。

修行は10日間で誰とも喋る事ができませんし、携帯電話等も使う事は出来ません。

 


私は大阪でお世話になったチベット瞑想の先生から、この施設の事を教えてもらい、元々スリランカかネパールに修行に行くつもりだったので、千葉なら近い!
と思って千葉にしました。

 

新幹線から京葉線に乗り換え、センター最寄駅の茂原に到着。
送迎の車が来る所まで、バスで向かう。

どのバス停か分かるかなーなんて不安に思っていると、ある一つのバス停にバックパックや、大きなスーツケースを持った人の長蛇の列が。
田舎の駅のあるバス停にだけ、長蛇の列という異様な光景。
これで間違い無い。
私は思いました。

 

その時センターに向かう約男女30人がバスに乗っていたと思います。

地元の学生が数人、バスに乗っていましたがとてもかわいそうでした。

バスで20分程揺られた後、到着。

しかし送迎の車は一度に6人程度しかセンターに運べないというので、結局ほとんどの人はそこから歩いてセンターに向かう事に。


センターに着くと簡単なペーパーワークがあり、貴重品や、携帯、電子機器類の預かり。そしてテントや泊まる宿舎が割り振られる。

センターは四方を小高い丘と、森に囲まれていてまさに自然の要塞といった感じ。

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たまにイノシシも出ます。笑

 

 

 

  • 宿泊形態

泊まる場所は宿泊棟かテントを選べるのですが、快適さ(気温等)を重視するなら宿泊棟。プライバシーを重視するならテントをお勧めします。

宿泊棟の方が人気なので、宿泊棟を希望される方は早めのエントリーが必要です。

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私はこのテントで10日間過ごしました。

 

  • 食事

食事は肉、魚等を除いた粗食です。

朝がパン、ご飯、玄米、味噌汁、バナナやオレンジ

昼が一番豪華で朝のメニュープラス、厚揚げのマリネやカレーが出たこともありました。

夜のメニューがシュールで、必ずポップコーンが出て、後はりんご半個など少量です。

私はこの合宿中2キロ痩せました。本分とはそれますが、ダイエットしたい女性にも良いかもしれません。

 

味はとても薄味です。この修行が終わってからマクドナルドのポテトを食べたら塩辛すぎて食べれませんでしたし、胃が優しいものに慣れすぎたせいか、後でお腹が痛くなりました。

 

  • 風呂、シャワー

 

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すごく充実しています。男性の方は3つシャワールームがあるのですが、基本的に自分の使いたい時に使えました。

 

  • 費用

 基本的に無料。

寄付のみにより成り立っています。

 

 

 

テントにバックパックを下ろした時、約午後4時半くらいで、その後夕方6時のオリエンテーションまで自由時間。
数人外人がいたので話しかけてみる。

一人はNY郊外生まれの、両親は敬虔なクリスチャンのドレ。

もう一人は日本に来て10年、大学院で超伝導の研究をしている南アフリカンのピーター。

プリズンブレイクの主人公をヒゲ濃くした感じのイケメン。

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私が
南アフリカンの友達めっちゃいるよ。
と伝えると

日本人は大体、南アフリカンの人に初めて会ったって人が多いのに、珍しいね。
と言われた。

私が勤めるスパの2大勢力はフィリピーノと南アフリカンなんです。

 


これから9日間お互いに喋る事や、ジェスチャー、あらゆるボディランゲージが禁止される、聖なる沈黙というものが始まります。

その聖なる沈黙が始まる前に、少し話できたのはラッキーでした。

なんせこれより9日間誰とも喋ることが出来ませんので。

 

日本人の人達は割と大人しくしていました。

女性も男性も当たり前ですが、一人で来ている人がほとんどのようでした。
人数は男30、女30くらいの約60名。

思っていたより、多くの参加者に驚きました。

それもそのはず、年末年始やお盆のシーズンは特に人気で、なんと100人ほどのキャンセル待ちが発生するそうです。


オリエンテーションが7時に終わり、最初の2時間の瞑想が始まります。
瞑想センターは異様な雰囲気を醸し出しています。
荘厳というか、そこはかなく重い空気というか、講師や奉仕者含め70人近くがいるのに、誰も喋らず、物音一つ立ててはいけない雰囲気がそれを作っているのかもしれません。

そこに仏像がないこと、私達の指導にあたってくださったクリス先生がポロシャツ、チノパンで出てきた事に驚きました。

 

やはり何か変な宗教に勧誘されたらどうしようという不安がありましたので。

 

瞑想というのは約2500年前、ブッダ(釈迦)が悟りを開くための修行として、実践した方法であって、ブッダの元には多くの在家の人、他宗教の人もやってきて瞑想に励んだそうです。

 

そもそも日本に伝わった大乗仏教とはブッダの没後500年、ブッダの骨に価値があると言い出した人たちが、ブッダを祭り上げ作られたものです。

 

ブッダ自体は超越者の存在や、死後の世界について述べてはいませんし、意味の無い宗教的な慣習を嫌っていました。

ブッダはインド哲学をベースとして人間関係をどう生きるかという事を説いた、哲学者といった方が正しいかもしれません。

 

なので瞑想するために、仏教に入ったり、改宗したりする必要は全く無いのです。

 

そしていよいよ最初の瞑想が始まりました。

 

 

 

よく瞑想から帰ってきたというと

 

どうやって精神統一するの?とか

何も考えないことなんて、絶対無理!

 

ということが言われますが、これには実はコツがあるのです。

 

もちろん

何も考えないでおこう!

というのはすでに考えていることになります。笑

 

何も考えない事が確かに重要なのですがその目的は、より明晰に考えられるようになる事です。
これは矛盾してるように聞こえますが、思考とは
携帯のストレージ、PCのHDDメモリみたいなもの。
空き容量が無いと、新しい考えができないのです。


あるいは水泳の息継ぎもそうですが、初心者の人は息を吸う事に意識を置きすぎて、吐く事を忘れ、息苦しくなっていきます。


まず考えるためには考えない事、空を作る事が必要なのです。

 

次回その方法については詳しくお話しします。

 

 

ヒントはThinkとFeelは共存出来ないという事です。

 

 この日は9時に就寝。

翌日自分の心があれほどに荒ぶってるとは、この時思いもしませんでした。

 

 

第12回 月収手取り100万円超えた時。あ、瞑想しなきゃって。

10日間の禁欲生活が終わりました。

 

 

千葉の山奥で誰とも喋らず、質素なご飯を食べ、電子機器を一切使わず、読み書きさえ許されず、ただ毎日ひたすらに瞑想を10時間程して過ごす。

そんな暮らしは現代の価値観に照らすと馬鹿らしく、無駄のように聞こえるかもしれません。

しかし私にとっては必要で、こうやって数日経った今思い返してみても、とても神秘的で、不思議な体験でした。

これから瞑想をする事によって、どのように私の体や、意識が変化していったかについて、なるべく詳しく、覚えている範囲で書いていこうと思います。(読み書きが許されていないので)

まず始めはなぜ私が瞑想に興味を持ったかという所からです。

 

瞑想を知ったきっかけ

私が瞑想について興味を持ったきっかけは患者さんからの話でした。
私は豪華客船の中でも、特に値段の高い、動く五つ星ホテルと言われるディズニークルーズで仕事をさせて頂く機会を得ました。

 

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そこにやってくる患者さんというのは、会社の社長さん、弁護士、医者、少し変わった所だとFBIの捜査官から、アラブの石油王まで、本当に色んな方を治療する機会を得ました。
彼らはわざわざ豪華客船で鍼灸治療を受けるくらいですから、自分の体に対する意識は高いです。
自分のコンディションがどう仕事に影響するかわかっているので、それに対する努力を惜しみません。

 

そんな方々からよく耳にしたワードがビーガンとメディテーション(瞑想)でした。

 

ビーガンとはベジタリアンよりもっと厳密な食生活を送る人の事で、肉、魚はもちろん、チーズや玉子等も食べる事が出来ません。
私の患者さんはほとんどがアメリカ人だったのですが、今アメリカでは貧困層程、ジャンクフードばかり食べるせいで太り、富裕層程痩せてるらしいのです。

 

私は恥ずかしながらメディテーション、瞑想についての知識が無かったので、なんでそんな大昔の仏教の宗教的儀式が流行ってるの?
とその時思いました。

しかし気になったので調べてみると、スティーブジョブズ

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や、イチロー

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も実践していたり、非常に実践的な集中力を上げる方法だと知りました。

 

 

 

 

何故忙しい毎日の中で、何もせず座る時間が必要なのか?

 

私が瞑想によって、今のところ得られたメリットは大きく分けて2つだと思います。

 

  • 欲望と嫌悪のコントロール

 

瞑想とは一言で言うと自分の内の感覚、内にある世界に目を向ける事です。

私達は産まれてこの方、ずっと外の世界に目を向けてきました。

外の世界に目をやると、うまくいかない事がたくさんあります。

人はうまくいかない事があると苦しみます。

もっとお金があれば、あの人さえ職場にいなければ、等々

 

確かにお金があれば良い車に乗れて、良い家に住めて、それはきっと気分の良い事でしょう。

しかし外の世界に目をやっている以上、テレビ、広告、インターネット、否が応でも情報はいくらでも入ってきます。

 

やっとの思いでマンションを買うと、その次は都内のタワーマンションに住みたくなり、六本木ヒルズに住みたくなり、高級住宅街に一戸建てが欲しくなり、次第には王宮のような所に住みたくなるかもしれません。

 

人間関係も同じです。

人間関係が嫌で辞めた次の職場で、良好な人間関係が待っているという保証はどこにもありません。

 

 

私の好きな漫画家に藤子・F・不二雄先生がいます。

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彼は国民的代表作ドラエもんを書いた事で有名ですが、実は彼の描く短編集は非常に面白く、現代社会や、欲望を皮肉った作品が多くあります。


その中で私が好きな話が ”福来る” という話なのですが

主人公は中年のサラリーマン。家には嫁と年頃の娘がいます。
ある日仕事帰り酔っ払って、公園で酔い潰れて寝ていると福の神がそこに現れます。

福の神の事を最初彼は最初信じません。罵倒し、最後には喧嘩別れをしてしまいます。

主人公に対して呆れた福の神ですが、福の神もせっかく100年振りに現世に現れたので、どうせなら福をやりたいと主人公の生活を見る事にします。

そこで福の神は驚きます。

100年前に比べると圧倒的に技術が進歩していたのです。

ただ蛇口をひねれば水は出るし、ご飯は捨てて余る程あります。


福の神は主人公に尋ねます。
こんな恵まれた生活をしてるっていうのに、これ以上一体何を望むんだ?


主人公は答えます。


涙が出る程の幸福が欲しい!

そして挙句の果てには宝くじを買ってきて、これに当たりを混ぜろ。と福の神にダダをこね始めます。

それはやり過ぎだと、福の神が要求をはねのけると、またそこでケンカが始まります。

ここでシーンが変わり、ある田舎の農村になります。
そこである農民がクビつり自殺をしようとして失敗しています。

農民は友人にアワで作った粥をご馳走になりながら、諭されています。

自殺なんて馬鹿なマネを2度とするんじゃないぞ。でも何で一体自殺なんて?

農民は答えます。
母は餓死、娘は身売り。もう生きていく希望が無くなった。

そして自殺をしようとした農民はこう続きます。

それにしても今まで極楽にいたような気がするなー。
飯が捨てる程あって、夜もきらびやかで明るく、千里を一瞬で走る乗物。夏涼しく冬暖かいからくり。
そんな中でオラはいたんだ。

友人は答えます。

何馬鹿な事言ってんだ。極楽でも見てたんじゃねえか?

福の神は上空から2人のやりとりを眺めて、こう言います。

しばらく昔の、食うや食わずの生活を送るがよい。
現世に戻った時、涙が出る程の幸福を感じるであろうぞ。と

 

 

お分りの通り彼の言う極楽とは現代社会の事なのですが、この漫画が言うように
どれだけテクノロジーが進歩し、昔より生活が便利になっても、もっと、もっとと人間は満足できません。

これは現代の資本主義社会のシステムにも通じる事です。

 

人の欲とはアトピー性皮膚炎のかゆみのようなものです。

かゆい→かく→気持ち良い→傷が深くなりもっとかきたくなる
欲望→達成→気持ち良い→欲が深くなりもっと欲しくなる

 

瞑想を毎日の生活に取れ入れる事によって、このような欲望、嫌悪を客観的に観察する事が出来、次第に苦しみからから解放されます。

 

 

 

  • 執着しない心

人は普段色んなモノに対して執着を持っています。

自分の思考、自分の所有物、自分の生への執着。

しかしそれらはご存知の通り永遠ではありません。

それを”無常”と呼びます。

私達の夕飯を机に放置し3日もすれば腐ってしまうでしょうし、私達のスマートフォンもいつかは壊れます。

そして一番有名な無常、私達はいつか死にます。

私達は無常を頭では理解しています。しかしこの無常を体得した人とは、世の中にどれくらいいるでしょうか?

 

人体もまた絶え間なく変化し続けています。

人の体は約60兆個の細胞から構成され、それらは日々生まれ変わっています。

しかし当然のことながら、私達は普段それを感じることはできません。

 

瞑想中、私達は普段の生活では気づくことがない感覚が現れます。

気持ちの良い感覚、たまには痺れ、痛みのような不快な感覚、暖かいような感覚。

しかしどんな感覚もたった一つ共通の性質を持っています。

それは“生まれては消えていく” “無常”という事です。

私達は瞑想中、無常を自分の感覚を通じて体得します。

そうすると先ほど言った自分の思考、自分の所有物、自分の生への執着が、驚くほど無くなります。

 

知識はあるに越した事はありませんが、知識だけでは人は変われません。

それは多くの自己啓発セミナーや、ビジネス本が世に蔓延している事が表しています。

それらは人の心を2、3日元気にするでしょうが、多くの人はそのモチベーションが続きません。

 

瞑想は自分の体を通じた感覚を通して、非常に実践的に人間関係、人が生きるにあたっての真理を説いています。

 

 

 

 

 

私は豪華客船の仕事をしているくらいなので、人より何かを知りたいという欲求が強いのかもしれません。

世界の行った事の無い所に行ってみたい。色んな外国の人と自分の言葉でコミュニケーションしみたい。今まで味わった事のない体験をしてみたい。

 

瞑想をする事で、どういう風に自分は何か変わるだろうか?

 


そんな気持ちにワクワクしながら、千葉のヴィパッサナー瞑想センターに向かう為、私は東京駅までの新幹線に揺られていました。